2012年11月17日土曜日

おたんじょびめも。

昨日30歳になりました。 ブログも前のやつから数えて9年目(だったはず…)。 

当日は
朝から歯医者で奥歯の神経を引っこ抜いて
午後はじくじくと伝播する口の中全体の神経痛と
崩れてくる詰め物の不味さを楽しみながら
終電まで働きました。

祝ってくれた友人やメッセージくれた友人・知人の皆さま、
それから妹に感謝してます。ありがとう。 

ここまでの足跡は別途振り返りをしたのでまたあとで掲載するけど
直近の社会人6年半、一人暮らし10年半という時間を経て
むかし思い描いたよりも はるかにまともな大人になったなと思ってる。 

もうちょっと言うと
年を取るごとにペシミスティックな側面がすり減っていっている。
これは間違いなく内側で起きてる変化で
高校時代~10年くらい前には想定してなかった、できなかったレベルと内容。 

一方で外側で起きてる変化としては、
あらゆる意味でボーダレスな通信環境・交流環境が出現し
方法によっては今までとは異なる点と線が強い紐帯を生み出すことができるようになっていること。
それから、
社会人としても一個人としてもとてもかっこいい大人に そこそこちゃんと出会えていること。 

とにかく小さいころから大学出るまで
外見で色々かなり損してきたペシミストな子供にとっては
どちらの変化もプラス要素だし、プラスにできなきゃ嘘だなと思う。 

(こいつ何を言っているかわからないぞという人は  
 映画モテキを見ると7割くらい解るかもしれませんw)

苦しい日もあるけれど
立ち位置を色々試して変えていく1年になりそうなので
各所でお目にかかる皆様におかれましては、引き続きお力を貸してください。

コミットメントは 

定期的にまとまった自分のための時間をつくって活用すること
(仕事で潰さないこと)

にしました。
習慣化するのがかなり下手なのだけど1年あればできるかなぁと。


作った時間でやりたいことや勉強してること/したいことは
いくつかあるので、それはまた別の機会に書きます。

そんなわけで
30歳のわたしもどうぞよろしくお願い致します♪


【おまけ。】
伊勢谷友介の11月16日お誕生日tweet

11月16日。
苦しい時間を、どうやって乗り越えていくかも才能。
そこで口に出してみよう!
「楽しい、嬉しい!」そうやって取り組むだけでも、物事は思い込みや、意識で全く違うものになる。
大きな目的を持つことで乗り越える必要があれば、継続する力は過程を楽しむ力でもある。
お誕生日おめでとう!

 (本文はこちら

2012年4月30日月曜日

英雄が英雄たりえた時代のお話

DER ROTE BARON(The Red Baron),ドイツ,2008

昨春日本公開だったのに
劇場で観なきゃと思ってたはずなのに
ようやく思い出して鑑賞

ヒトコトで言えば、「欧州版・燃えよ剣」。

旧式の制度とルールを背負って
未成熟な新型技術引っさげて戦いの幕引きをした若き英雄
その最後の日々が描かれている

まぁ、燃えよ剣は司馬遼太郎によって世に出たようなものだけど
よく似たフレームがリヒトホーフェンと土方歳三には与えられてる

それほど時を移さずして始まる
第二次大戦には、こうした英雄はいない

いるとしたらそれは誰かが書いた筋書きの中で管理された英雄だ

19世紀末~20世紀初頭のこのわずかな時期の
空という新たな戦場が生まれたこの頃は
人間のネットワークとかキャラクターといった力が
テクノロジーによる管理を超えていた最後の空間なのだろう

空からも騎士道が失われてざっと100年。

技術だけは粋を高めてきた人間の、
技術によらない力が試される世界に突入しつつあるのは
驚くことでも悲しむことでもなんでもないのかもしれない。


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以下は純粋な感想。
歴史ものなのでネタばれとかはそもそもない。

ストーリー自体は1916年
すでにベルケという元祖・空の英雄が撃墜されたあたりから始まる

ArmyもNavyもすでに失っていた牧歌的な雰囲気をもつ
Air Forceの描写はかなりうまい

また連合軍側のパイロットが各国寄せ集め的なもので構成されてて
戦況は気になるけどそれ以外にはドライだったりする実情が
それとなく描かれてるのもよい。

フランス軍とかアメリカの参戦については逆にほとんど語られない。

複葉機は非常に忠実に再現されている
空中戦の描写がここまでできるなら紅の豚の実写版いけると思った。

そんな感じ。

2012年1月31日火曜日

キラキラの音があふれる夜

平戸祐介さんのLIVE(1/29(Sat.)@ブルーノート東京)

フリーの席だったのであまり期待してなかったんだけど
幸せなことに左側テーブル席、
ピアノの斜め後ろから見られるところを案内してもらえて
始まる前から役得すぎて

平戸さんと言えば
Quasimodeのpianoのようなピンと張った音が印象的
でも今回の”Speak Own Words”はソロワークというのもあり
柔らかな音やキーボードでの表現もたくさん

畠山美由紀とbirdをゲストボーカルに迎えて
それぞれとのセッションを見せつけたばかりか
アンコールでは二人一緒に歌う場面まで

お二人を同時に歌わせてあそこまで魅せることのできる
ミュージシャンってそうそういないんじゃないか


にしてもほんとに久しぶりの生演奏
鍵盤から止めどなくあふれるキラキラの音に圧倒されつつも
そのぴんと張った強さと柔らかさに心が温まった夜だった


Set List(サイトでも見られる。ココ
1.TAXI DRIVER THEME
2.I'M IN LOVE
3.DOWN TO THE SOUTH
4.(YOU ARE) MORE THAN PARADISE
5.MUSIC
6.GAME
7.生まれたてのメロディ
8.AGAINST THE INVISIBLE WALL
9.LOVE IS A LOSING GAME
10.FEEL LIKE MAKIN' LOVE

2012年1月6日金曜日

冬のかぼちゃ

かぼちゃの煮物は常備菜。
あまり持たないからたくさん作れないけれど
おいしく作ればこれ1品でも美味しく過ごせる。

雪化粧かぼちゃは
色がきれいであまり煮崩れなくてさっぱりした味。

何だかんだでいちばんすき。

今回は四国で買ってきた出汁醤油を使ってみた。

自分用に作るときは照りを意識しないのでみりんも砂糖も基本入れない。
つまりは作りたてしか写真撮れない。

2011年12月31日土曜日

柄にもないけど振り返り2011

2010年からの緩やかな変化の流れに、震災と異動という大きな外部環境変化が訪れたのが今年だった。

【その1】

異動については、「来たか」「マジか」という気持ちが半々。
正直なところ狼狽していた。

入社以来5年居た会社、4年すごした部署を離れるのは
明け方の余震が怖くてパジャマ着られないのと同じくらいに怖かった。

だが結果としては
一歩外に出たことでたくさんの物事が得られたと思っている。

実際に仕組みを売るために本社でどのような意思決定と投資が行われているのか。
そこを起点に全国で営業が繰り広げられているのか。
お金とデバイスとウェブそしてセキュリティって一体どうなっているのか。

いままで本当に紙に書かれたことしか知らなかったと実感した。
何かに「賭ける思い」とか「伝えたいこと」というものの重要性を初めて感じた。

オタクになる必要はないだろうけど
来年はもうすこし新たな仕事に関することのインプットしないと枯れてしまいそう。

【その2】

震災とかSNSとかそういうもののつながりとか。

これは2010年から続いてきたものだが、確実に関係性が太くしっかりしたように思う。

1月にあったMESHの集まりで出会った方々と出かけたり読書会したりした。
TRIFのおふたりをほんの少しだけお手伝いさせて頂く機会に恵まれた。
facebookの盛り上がりで、中高の友人たち、会社関係の普段はあまり会えない方々と繋がった。

ひとつひとつのことを書いていくときりがないけれど、私は2つのことを学んだ。

派閥や体裁、宗派といったあらゆる垣根を越えても、人は仲良くできる。
そしてむしろ新たな発見やいいこと悪いことをたくさん見つけることができる。
排除するのとか傷つけることとか関係性を壊すことは一瞬でできるけれど
どこを目指して何を願っているかということについて、ほんの少しでも共感できるなら
存在を認めあって生きていくのは難しくもなんともない。
ただし、考えていることは黙っていては伝わらない。
伝える努力、必要に応じて反駁する姿勢は必要。

あなたは何者ですか、というタグ付けが結構重要。
所属する会社や仕事でもいいし、ボランティア的にやっていることでも、何でもいい。
『あなたは何ができますか、何をしたいと思っていますか、
という問いに対する答えを、常にわかりやすく持っていること』
これがソーシャルに生きていくための重要な足がかり。

うまくきれいにまとまらないけど、この2つ。

【その3】

ここまでの2つの陰でおろそかになってしまったのが読書と語学。

本は、友人たちに教えてもらったのとかずっと読みたいのとかたまってる。
語学は英語のリスタートともう1つの言語。

震災の時にMESHの方々が作ったのがこれ▼


これを観ると
twitterの#prayforjapanのストリームに世界中からメッセージが溢れていて涙がでたことや、訳して発信したことへのお礼のリプライを貰って嬉しかったことを、昨日のことのように思い出す。

英語が多かったけれど、その他の言語もたくさんあった。
勉強したいな、しなきゃだなぁ、と素直に思ったのだ。





以上が2011年の振り返り。
振り返りなので変な決意とかは書かない。

社会人として今の会社およびグループ全体でかかわってる人たちにも
ソーシャルを通じて出会った知人・友人たちにも
プライベートでいつも支えてくれる人にも
本当に感謝している。

皆から得た力をどのように他に還元していくか、拡げていくか
恐らくはこれが次の年のテーマ。



2011年12月13日火曜日

ただいま東京


ただいま東京。

仕事で四国と九州の支店の会議でしゃべくってきた。
おじちゃんたちの方言にしびれた。
いろんなキーワードとか意見をもらった。
広い地域とそこを攻める営業を束ねる支店長は伊達じゃないということもよくわかった。 

仕事において得たこと生かすのはあたりまえなので割愛するけど
仕事以外の部分で強く思ったこと

このまま日本がシュリンクしていって沈んで行っていいんだろうか

そう思った。

彼らの生活も工夫も努力もネットワークも
このままではものすごい勢いで蝕まれていくのだと思う。
人口の減少やそれ以外の政府の失策でそれは加速する。

何ができるだろうか。
何をしたいだろうか。

全く考えてこなかったわけじゃないし
今年は仕事外のところで多くの機会と経験をもらったけど

もう少し深く考えて
行動し始めないといけないということを痛感したのが昨日と今日。

深みと苦みのある大人になりたい。
来年はそのための種を蒔くことになるのでしょう。


しかしそれにしても
飛行機とか電車とかで遠くに行きたい(できたら他人のお金で)と散々言っていたらあっさり叶いました。

やりたいことは口に出して行動にも移せば何とかなるものなんだなぁ。
ここに書かないことでもそれを感じることが多いです近頃。

2011年11月5日土曜日

中国語難しいけどいいかも

youtubeサーフィンで周杰倫JayChouを知ったのは最近のことだ。

とても有名な台湾人ミュージシャン兼俳優のようで、
ザ中華圏メロディーなものからいわゆるR&Bの流れを汲むもの、
日本ナイズされた弦楽バラードといった多彩な楽曲を作ったり歌ったりしている。

ザ中華圏メロディーに溺れないスタイルがあるというだけで強いなと感じるが
それ以上に楽曲で扱うテーマも面白く、歴史や世相をうたうものもある。

同世代にわかりやすく言うなら
「ひとりミスチルみたいな人」というとしっくりくるのではないかと思う。


しかし私は中国語がわからない。
しかし気になる曲は何言ってるか知りたい。

完全に15年前にカムバックである。
英語の成績はどん底だったのに
気に入った洋楽やディズニー楽曲は自分で訳詞を付けるほどだったあのアホ中学時代…。

そんなこんなで
昨年仕事絡みで手に入れて放置されていたこれ
google翻訳さんに手を借りつつ楽しんでいた矢先に見つけたのは、
中孝介がJayの日本語カバーをしている曲だった。

原曲は、ちょっと大人な華流という綺麗な悲恋の歌。

そしてシーンとエッセンスを的確に掬い取った詩と
同じアレンジでうたわれているカバー。

日本語のカバーがいいと思ったのは正直初めてだった。



「花海」周杰倫JayChou

「花海」中孝介カバー(日本語詞)


中身を比較するとこんな感じであります。

(原曲サビ)
不要妳離開 距離隔不開 
思念變成海 在窗外進不來 
原諒說太快 愛成了阻礙 
手中的風箏放太快回不來 
不要妳離開 回憶劃不開 
欠妳的寵愛 我在等待重來 
天空仍燦爛 它愛著大海 
情歌被打敗 愛已不存在

(▼Google翻訳さんの作品。ちょっと変・・・。)

Do not you leave the distance,can not separate
Thoughts into the sea could not come in the window
Love to forgive that quickly became hampered
Come back the hands of the kite up too fast
Do you plan to leave the memories not open
I owe you a favor to wait for 
the sky is still bright and he loves the sea 
Love song was defeated, my love exists there no longer



(カバー詩)
咲きほこる君の夢  追い風に 舵をまかせて
僕はただ祈ってる 夢のまほろばに進めと
思い出は花の海 今深く僕を沈めて
潮騒を奏でても 君はもう 戻らない



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中国語の悲恋ってえらくダイレクトで物質的?と思うこともままあるし
一人称なことも多いけど
この日本語アレンジには本当にぐっときてしまった。

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なのに、この中孝介のカバーアルバムは中華圏でしか売られてないという
ひどい事実・・・・・。


ここまで材料はそろってるのに
なぜ隣の国すら、そしてアジアはまだ遠く感じるのだろうか。

去年の今頃の仕事の中身とか夏休みのシンガポールとか
そんなに遠くかんじなかったのにおかしいな。

それにしても聞き取るのも難しい中国語。
翻訳するにしても、まず英語にした方がさらりと理解できたりするし。

アジアで生きてくには、エンタメ部門の理解に中国語が欠かせないだろうな。

そして、好きだ、という原動力から、聴いて、知っていくことは
やはり何より強く自分の中にも根付くし

語れる側面ももれなくついてくるという現実があるということを
改めて実感している。